「物語がない町」で、物語をゼロから創造する方法
観光資源が豊富ではない。地域を象徴する、分かりやすい歴史や物語が見当たらない。
そんな町で、私たちは何ができるのか。
これは、石川県加賀市大聖寺を舞台に、一つの「欠落」から新たなナラティブを組み上げ、「民俗学の聖地」という未来を創造しようとする、「ことほむ」「ヨシタデザインプランニング」「大聖寺在住イラストレーター」の3社が奮闘する挑戦の記録です。
すべての始まり ― 地域資産の棚卸しと「問い」の発見
聖城怪談録を活かしたい。大聖寺在住イラストレーターのことばから全ては始まっています。
プロジェクトは、まず「聖城怪談録」を丁寧に読み解くことから始まりました。
『聖城怪談録』という原石
江戸時代に大聖寺藩がまとめた一冊の書物、『聖城怪談録』。
加賀市でも幾度もこの書物をベースにしたイベントを開いたり、勉強会を開いたりしてきました。
ただ、この怪談録を読み解いていくと、いわゆる妖怪譚ではなく、原因不明の天狗礫現象など、地域で起きた怪異を客観的に記録しようと試みた、いわば「民俗学の走り」のような文献でした。それもそのはず、この『聖城怪談録』が編纂されたのは、寛政11年(1799年)。時の大聖寺藩主・前田利考が、宿直の武士たちに藩内で見聞きした不思議な話を語らせ、家臣に記録させた、いわば藩の公式な「異聞収集プロジェクト」だったのです。
娯楽としての怪談が流行する一方で、風紀の引き締めが厳しかったこの時代、藩主自らがこうした「記録」を主導したという事実が、本書の特異な性格を物語っています。
今までのイベントや勉強会のアプローチは、聖城怪談録そのものを民俗学的に解説するといったものは見受けられましたが、この中から「謎」を見つけ出していくアプローチは取られていなかったようです。
「ことほむ」の基本的な考え方に「謎を見つける楽しさ」と「謎の答えを追い求める楽しさ」があります。
大聖寺の謎は、探せば多々あるのですが、多くに刺さる共通の謎がなかなか見つからなかったのですが、このたび聖城怪談録から「河童や水の怪異の不在」に気が付きました。
また、聖城怪談録を民俗学フィールドワークの聞き取り資料として位置づけ、フィールドマッピングまで済まされた資料が存在しているため、「妖怪として顕現する直前の生のデータ」として扱うことを提案しています。
このことから、展開が「妖怪・怪談」だったものを、「民俗学」として展開していく新しい方向が見つかりました。
大聖寺というフィールド
物語の舞台となる加賀市大聖寺は、かつて大聖寺藩の城下町として栄えた歴史を持ち、今も町中を川が流れる、水辺の風景が印象的な土地です。
着想:「なぜ、この町には河童の伝説がないのか?」
この二つの素材を掛け合わせた時、私たちは一つの決定的な「謎(問い)」に行き着きました。
それは、「これだけ水辺の環境が豊かな町でありながら、なぜ『聖城怪談録』にも、地域の伝承にも『河童』の話が全く見当たらないのだろう?」という、物語の核となる「欠落」の発見です。
物語の「礎」を築く ― 核となるナラティブの創作
「謎(問い)」そのものを物語のエンジンとし、私たちは「欠落」を埋めるための創造的なプロセスを開始しました。
核となる物語(ノベル)の創作
私たちは「河童の謎」という一つの大きな問いに答えるため、単一の物語ではなく、あえて複数の入り口を持つ、多層的なナラティブ(物語世界)を設計しました。
その中心となるのが、小説(ノベル)『令和聖城怪談録~わがかたり~』です。この物語は、落語の語りを導入に用いたり、章ごとに主人公を入れ替えたりすることで、読者を飽きさせない工夫を凝らしています。各章が独立して楽しめるため、新規の読者がどのタイミングで触れても、その世界観を味わうことが可能です。
そして、この物語をさらに広い層へ届けるための「翻訳装置」として、よりシンプルで普遍的な「寓話」も制作しています。
小説を好む人も、寓話を好む人も、誰もが自分に合った扉から、この大聖寺の物語世界へ足を踏み入れることができる。私たちのストーリー化とは、こうした多様な関心に応える「入口の設計」でもあるのです。
土の中からぽや〜んと生まれた記憶喪失?の妖怪「天狗礫」。
本来居るべき場所である神社を目指し、大聖寺川の主「河獺の親分」や、自称ビューティフル河童、無口ながら頼れるツチノコといった、個性豊かな妖怪たちと命がけ?の珍道中を繰り広げます 。灼熱の太陽を避け、人間の目をかいくぐりながら進む一行の行く手には、商店街の誘惑。さらには超弩級の近眼を持つ民俗学者とその仲間たちによる盛大な勘違い調査が待ち受け正体が暴かれる!?
果たして、一行は無事に神社にたどり着けるのか? そして、
物語を「体験」へと実装する
― テクノロジーとの融合
物語は、作って終わりではありません。
創作したナラティブを、訪問者が実際に町で「体験」できる仕組みへと実装していきます。
GPS連動ゲーム/音声ガイドの企画
読者が物語世界の探求者となれるよう、GPSと連動した「怪異収集ウォーキング」の企画が進行中です。
参加者は民俗学者見習いとして町を歩き、特定の場所でスマートフォンをかざすと、ARで妖怪が現れたり、『聖城怪談録』に記された現象の説明ノベルゲーム画面が流れたりします。
これが、「民俗学の聖地化」というゴールに向けた具体的なアクションの第一歩となります。
持続可能な「聖地化」への道筋
― 運営体制と今後の展望
一過性のイベントで終わらせないため、プロジェクトを継続的に育んでいく体制そのものを構築しています。
民間主導のプロジェクトチーム
本プロジェクトは、行政の予算に依存するのではなく、「ことほむ」「ヨシタデザインプランニング」「イラストレーター阿部」という3社の専門家チームが自律的に推進しています。
これにより、意思決定のスピードと、柔軟な企画展開を可能にしています。
情報発信とコミュニティ形成
今後、YouTubeチャンネルを開設し、物語の世界観や制作の裏側を発信していく計画です。
これにより、プロジェクトのファン(=未来の訪問者)との継続的な関係を築いていきます。
未来への布石
プロジェクトがある程度プロトタイプの段階まで進んだ後には、大学との連携も視野に入れています。
学術的な視点を取り入れることで、プロジェクトにさらなる深みと信頼性をもたらし、持続可能な発展を目指します。
この「ナラティブの組み上げ」は、まだ始まったばかりです。
通常、事例紹介とは完成されたプロジェクトの報告書ですが、「ことほむ」はあえて、この加賀・大聖寺の挑戦を「リアルタイム・ケーススタディ」として公開していきます。
企画の立案、物語の創作、そしてGPSゲームへの実装。その過程で直面するであろう課題や、試行錯誤の様子、時には失敗さえも、包み隠さずレポートしていく予定です。
一つの「物語」が、いかにして生まれ、地域と関わり、そして人々の体験を創造していくのか。
机上の空論ではない、生きたナラティブ構築の現場を、ぜひ一緒に目撃してください。
この物語の行く末に、そして私たちの挑戦に、少しでもご興味をお持ちいただけたなら、ぜひお気軽にご連絡ください。
共に語り合える日を、楽しみにしています。
その物語、価値があります
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