「かつて鉄板だった観光名所の牽引力が、弱くなっている」 多くの鉄道・観光事業者がそう嘆いています。
打開策として、豪華な観光列車やアートフェス等のイベントが次々と企画されていますが、それらは既存のハードウェア(資源)を切り売りして消費する行為であり、持続可能性に疑問が残ります。一過性の話題性はあっても、そこには物語の重層性がないからです。

一方で、アトラクションも何もない、ごくありふれた風景(余白)に、絶え間なく人が訪れる場所が存在します。
いわゆるアニメ聖地巡礼です。
風景そのものは平凡でも、訪れる人の脳内には物語というバーチャル空間が広がっており、その場所は特別な聖地へとアップデートされています。

つまり、物理的なアトラクションを用意しなくても、物語さえ用意できれば、何もない空間に価値を実装できるのです。
必要なのは、一発逆転の巨大なバズではなく、いくつもの小さな物語を作り、それぞれのレイヤーに少数の熱狂的な推しがつくこと。
そうしたマイクロ・ナラティブの集合体こそが、これからの観光の資産となります。

ことほむ社は、地域の何気ない余白を、何でも描けるエンターテインメントの源泉へと定義し直す研究開発を行っています。

観光資産がないなら、作ればいい。

不在を逆手に取った、GPS連動型ナラティブ・クリエイト

城下町・大聖寺だいしょうじ。ここには美しい水辺があるにも関わらず、なぜか「河童の伝承」が一切存在しません。
また地名である大聖寺という寺も存在していません。また前田家縁の地であるものの、天守閣は存在せず、中途半端な怪談が存在する城跡公園が残るのみです。
そのせいか、この地を訪れる観光客は少なく、加賀温泉郷を抱える町にしては、城下町としての活用がなされていない現状があります。強力な誘客アイコンも少ないため、通常なら観光資源なしと判断されるこの欠落を、私たちは妖怪とこの地に残る聖城怪談録という古書を元に、新たな妖怪がクリエイトできる地として情報整備を始めています。

また、弊社だけではなく、この地に住まうイラストレーターさんと、この地出身のデザイン会社との共同でプロジェクトを進めています。

地元の怪談話に惹かれ、気づけば移住15年。知らず知らずに惹き込まれる加賀暮らしとは。 | 加賀ぐらし

石川県加賀市に、昔から語り継がれる怪談話が存在する事を知っていますか?昔からほとんど変わらぬ町割りのお陰で、その存在を今でもリアルに感じる事が出来ます。今回は移住して15年目のイラストレーターの方に取材させていただき、仕事として絵を描く傍ら

歴史を「横」から読んでみる。

中世の金融システムを巡る、知的フィールドワーク

【Mission:寺社を「統治システム」として見る】

尾張エリアに点在する寺社仏閣。古い建物として見れば、ただの文化財です。
しかし視点を変え、中世の守護・守護代たちが築いた統治ネットワーク(経済と支配の装置)として再定義したらどうなるでしょうか?

【Hacking:リカレント・ミステリー】
なぜ、名古屋の経済基盤はこれほど強いのか?
そのルーツは、信長が出る前の時代、尾張氏と継体天皇、そして熱田神宮の剣と神職の関係にまで遡ります。
中世、織田信秀が木曽川を制して資源を掌握し、その子・信長が現代の自由主義経済に通じる楽市楽座を布いた背景には、津島神社や針綱神社の神職一族による物流支配と人心掌握がありました。
国府宮や真清田神社など、街道と精神的支配の拠点が、いかに計算された地政学の上に配置されているか。
このフィールドワークは、現代のビジネスマンが地政学と人心掌握術のエッセンスを現地で体感するものです。
教養という武器を求める富裕層や企業研修に向けた、高付加価値な知的体験を開発しています。

傷ついた大地に、「魂」のインフラを再興する。

信仰と祭りによる、コミュニティ・ビルディング

【Mission:物理的復興と、文脈的復興の両輪を】
2024年の震災により、能登の風景は大きく変わってしまいました。
道路や建物の再建が進む中で、同時に進めなければならないのが、地域産業の再建です。
現在は初期の被災地ガイドが一巡を終え、いよいよ復興としてのなりわい(観光ビジネス)へと昇華させる段階に入ってきました。

【Hacking:フェイス・オリエンテッド(信仰回帰)】
能登は祭りの半島です。キリコ祭りやアエノコトといった独自の信仰文化が色濃く残っています。
これらは地域ごとに個別に行われているため、ゲスト側からはバラバラに見えがちですが、根源を辿れば太一たいつ北辰ほくしんと呼ばれる一つの大きな信仰に端を発し、奥能登全体へ広がっていったものです。

鉄道事業、発信事業、現地ガイドといった地域プレイヤーを有機的に結合するコンソーシアムを組成し、これらの文脈を一つにまとめ上げることで、奥能登を訪れる理由を上書きしようとしています。
単なる状況説明ではなく、縄文の巨木文化から中世の石動山修験、そして現代のキリコ祭りに至る能登の信仰の重層性を紐解く、深みのあるガイドコンテンツを開発する準備をしています。
「なぜ、人はここで祭りをするのか?」
その根源的な問いを共有することで、観光客と住民が支援を超えた深い精神的連帯を結ぶ。災害からの魂の復興(スピリチュアル・レジリエンス)の実証実験です。

資料

『聖城怪談録』という原石

江戸時代に大聖寺藩がまとめた一冊の書物、『聖城怪談録』。
加賀市でも幾度もこの書物をベースにしたイベントを開いたり、勉強会を開いたりしてきました。

この怪談録を読み解いていくと、いわゆる妖怪譚ではなく、原因不明の天狗礫てんぐつぶて現象など、地域で起きた怪異を客観的に記録しようと試みた、いわば「民俗学の走り」のような文献でした。それもそのはず、この『聖城怪談録』が編纂されたのは、寛政11年(1799年)。時の大聖寺藩主・前田利考が、宿直の武士たちに藩内で見聞きした不思議な話を語らせ、家臣に記録させた、いわば藩の公式な「異聞収集プロジェクト」だったのです。

娯楽としての怪談が流行する一方で、風紀の引き締めが厳しかったこの時代、藩主自らがこうした「記録」を主導したという事実が、本書の特異な性格を物語っています。
今までのイベントや勉強会のアプローチは、聖城怪談録そのものを民俗学的に解説するといったものは見受けられましたが、この中から「謎」を見つけ出していくアプローチは取られていなかったようです。

「ことほむ」の基本的な考え方に「謎を見つける楽しさ」と「謎の答えを追い求める楽しさ」があります。
大聖寺の謎は、探せば多々あるのですが、多くに刺さる共通の謎がなかなか見つからなかったのですが、このたび聖城怪談録から「河童や水の怪異の不在」に気が付きました。

また、聖城怪談録を民俗学フィールドワークの聞き取り資料として位置づけ、フィールドマッピングまで済まされた資料が存在しているため、「妖怪として顕現する直前の生のデータ」として扱うことを提案しています。

このことから、展開が「妖怪・怪談」だったものを、「民俗学」として展開していく新しい方向が見つかりました。

大聖寺というフィールド

物語の舞台となる加賀市大聖寺は、かつて大聖寺藩の城下町として栄えた歴史を持ち、今も町中を川が流れる、水辺の風景が印象的な土地です。

着想:「なぜ、この町には河童の伝説がないのか?」

この二つの素材を掛け合わせた時、私たちは一つの決定的な「謎(問い)」に行き着きました。
それは、「これだけ水辺の環境が豊かな町でありながら、なぜ『聖城怪談録』にも、地域の伝承にも『河童』の話が全く見当たらないのだろう?」という、物語の核となる「欠落」の発見です。

物語の「礎」を築く ― 核となるナラティブの創作

「謎(問い)」そのものを物語のエンジンとし、私たちは「欠落」を埋めるための創造的なプロセスを開始しました。

核となる物語(ノベル)の創作

私たちは「河童の謎」という一つの大きな問いに答えるため、単一の物語ではなく、あえて複数の入り口を持つ、多層的なナラティブ(物語世界)を設計しました。

その中心となるのが、小説(ノベル)『令和聖城怪談録~わがかたり~』です。この物語は、落語の語りを導入に用いたり、章ごとに主人公を入れ替えたりすることで、読者を飽きさせない工夫を凝らしています。各章が独立して楽しめるため、新規の読者がどのタイミングで触れても、その世界観を味わうことが可能です。

そして、この物語をさらに広い層へ届けるための「翻訳装置」として、よりシンプルで普遍的な「寓話」も制作しています。

小説を好む人も、寓話を好む人も、誰もが自分に合った扉から、この大聖寺の物語世界へ足を踏み入れることができる。私たちのストーリー化とは、こうした多様な関心に応える「入口の設計」でもあるのです。

令和聖城怪談録〜わがかたり〜-壱- | TALES 物語・小説

ここは加賀百万石の端っこ、大聖寺の町。ちょいと不思議で、ちょいとばかりおかしな、迷子の妖怪さんのお話でございます 。 土の中からぽや〜んと生まれた記憶喪失?の妖怪「天狗礫」。 本来居るべき場所である神社を目指し、大聖寺川の主「河獺の親分」や、自称ビューティフル河童、無口ながら頼れるツチノコといった、個性豊かな妖怪たちと命がけ?の珍道中を繰り広げます 。灼熱の太陽を避け、人間の目をかいくぐりながら進む一行の行く手には、商店街の誘惑。さらには超弩級の近眼を持つ民俗学者とその仲間たちによる盛大な勘違い調査が待ち受け正体が暴かれる!? 果たして、一行は無事に神社にたどり着けるのか? そして、

公開日: 2025.07.16最終更新日: 2026.02.06