明治初期〜中期の設定時代考証事例紹介

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明治初期〜中期の建物パーツ(樋)や市井の人の衣装、写真館建物(明治村)の資料、台所(江戸東京博物館)の資料情報を元に、美術背景細部の描画に役立てていただけました。背景制作会社のスタジオパブロさんにも、取材記事が掲載されていますので、合わせてご覧になると非常に細部にまで気を使った明治初期〜中期にかけての佐賀を感じていただけると思います。

ゾンビランドサガリベンジ8・9話より

※作中の舞台となった明治15年頃、佐賀は東京と違って地方ではありますが、新しい時代と古い時代が重なった感じが作中からにじみ出ていました。制作に直接携わられた方たちの熱を感じます。

弊社では作中登場する明治の文章を、現代語原稿から明治の書き方へ翻刻し、実際に使用していただきました。
また刑罰に関する当時の背景を調査報告した結果をシナリオに反映していただきました。

ゾンビランドサガリベンジ8・9話より

画像引用元:AbemaTV5月27日・6月3日配信「ゾンビランドサガリベンジ」より一部キャプチャー

©ゾンビランドサガ リベンジ製作委員会

シナリオ考証で用意した資料の一部です。(サンプル)

考証資料(一部)

処刑に関する考察文(一部)・例

処刑について。処刑場・刑吏・斬首刀

 処刑方法について
・明治15年1月1日 旧刑法 施行(明治13年7月17日太政官布告第36号交付)死刑を絞首に限定する法律が施行され、明治15年以降に実行された死刑は絞首刑のみである。

処刑場=監獄、刑吏=押丁
・上記法令の「監獄署以下分掌例及び傭人分課例」により、監獄、押丁という場所・処刑人の名称が定められている。
絞首刑を実行する機械は、絞罪器。(図参照)

当時の通常法令では斬首は行えないが、以下の刑法と設定を加味することで、例外事例(フィクション)としても外れすぎないのではないか。

根拠法令
 1881年(明治14年) 陸軍刑法(明治14年太政官布告第69号交付)制定
 1883年(明治16年) 陸軍治罪法
 1900年(明治33年) 公安警察法 公布

設定内容
Iは陸軍より反乱罪の可能性がある集団を監視するため派遣された陸軍兵である。
運動を反乱と認め「陸軍刑法第二編第一章叛乱ノ罪」を適用し、斬首を実行した。(本来の陸軍法に則ると銃殺刑である)

→同法での死罪は本来であれば銃殺刑であるが、民間人であること、元高官の内縁の妻であることを理由に内密に斬首を決行した。
→軍人による一方的な処刑が頻発されたことを受け、軍法会議や陸軍視察・諮問を行う法律である「陸軍治罪法」が翌年明治16年に成立した。
→このような民間人による反乱は、三重などにても行われたことにより、同様の反乱を未然に防ぐための公安警察が明治33年に正式に組織された。

https://note.com/verdigris/n/n9ae056221bc7?magazine_key=m67411aa43427